あの日、私は根拠のない数字で稟議を通した
事業責任者をやっていた頃、リスティング広告の予算を「月100万円」に設定したことがあります。
根拠を聞かれたら「競合他社もそれくらいやっているだろう」「代理店に聞いたら最低ラインと言われた」——それだけでした。
当時の自分に悪気はなかった。広告って、そういうもんだと思ってました。とりあえず出せば結果がついてくる、予算は多いほど有利、そんな感覚で稟議を通した。
「100万なら競合に負けないだろう。結果が出なかったらそのときに考えればいい。」
3ヶ月後、数字を精査したとき青ざめた。
CPAが想定の3倍近くに跳ね上がり!予算は毎月きれいに消化されていたのに、採算に見合う獲得件数は全く出ていなかったのです。予算を使い切っているのに、事業として赤字になっていました。
「予算を使った」と「成果が出た」は、まったく別の話。それを身をもって知ったのが、あの経験でした。
数年後、マーケターになって「あのとき何が間違いだったか」が分かった
それから数年後、私は事業サイドからマーケティング実務の側に移りました。広告運用を自分でやるようになって、初めてわかったことがありました。
「エイヤ予算」が失敗するのは、根性が足りないとか、センスがないとかじゃない。構造の問題でした。
正しい順番で考えれば、採算の合う予算は、実は数式一本で出せます。
今回はその計算ロジックをそのまま公開します。当時の自分に教えたかったことを、同じ立場の方にシェアしたいです。
予算設定の全体像:5ステップの計算ロジック
まず構造を頭に入れてほしいです。細かい数字は後述しますが、流れはシンプル。
- 入稿キーワードを5~10個決める
- ツールで各キーワードの平均CPC(クリック単価)を調べる
- 全キーワードの加重平均CPCを算出する
- 自社サイトのCVR(コンバージョン率)を確認・推計する
- CPA(顧客獲得単価)を計算し、目標獲得数を掛けて予算を出す
この考え方の最大の特徴は「予算ありき」ではなく「現実に入稿するキーワードありき」で積み上げること。順番が逆になると、予算に合わせて目標を後付けするループに陥ります。事業責任者時代の自分がまさにそれでした。
STEP1:キーワードは「5~10個」から始める
最初に広告を出すとき、キーワードを増やしすぎる人が多いです。「網を広く張った方が有利」という発想は自然ですが、予算設計フェーズでは逆効果になります。
キーワードが増えるほど平均CPCの精度が落ち、初期データが分散して何が機能しているか見えなくなる。まず5〜10個に絞り、実績を積んでから拡張する方が手戻りが少ないです。
絞り込む基準は以下。
- 競合が明らかに出稿しているキーワード
- 購買意図が明確なロングテール寄りのキーワード
STEP2:平均CPCの調べ方と、一つの落とし穴
Googleキーワードプランナー等ツールを使えば、各キーワードの推定CPCが確認できます。ただし、ここに重要な注意点があります。
加重平均CPCの計算式
複数キーワードの「全体的なCPC」を出すとき、単純に足して割るだけでは不正確です。検索ボリュームが多いキーワードはシンプルにそれだけクリック数が多くなるため、加重平均で計算する必要があります。
例)キーワードA: CPC=300円, 検索ボリューム=1,000 / キーワードB: CPC=800円, 検索ボリューム=200
加重平均CPC = (300×1,000 + 800×200) ÷ (1,000+200)
= 460,000 ÷ 1,200 ≈ 383円
※単純平均だと (300+800)÷2=550円 → 実態より大きくずれる
STEP3:CVRの設定——新規事業なら3シナリオで考える
既存事業であればGA4などのアクセス解析からCVRの実績が取れますが、新規事業や新しいLPの場合は実績がないですよね。そのときに私が使うのが「3シナリオシミュレーション」です。
| 悲観シナリオ | CVR 0.5%(200クリックに1件) |
| 中間シナリオ | CVR 1.0%(100クリックに1件) |
| 楽観シナリオ | CVR 2.0%(50クリックに1件) |
BtoCの資料請求やECであれば1〜3%、BtoBの問い合わせ獲得であれば0.5〜1.5%が経験的な相場感です。ただしLPの完成度と訴求の強さで大きく変わります。
ここで重要なのは「大きく外さないこと」です。
「うちのサービスは良いから2%はいけるはず」という楽観シナリオだけで計画を立てると危険。必ず悲観シナリオのCPAでも事業として成立するかを先に確認すること。事業責任者時代の私は、この確認を一切していませんでした。。
STEP4:CPAと広告予算を計算する
ここまでの数字が揃えば、あとは計算するだけです。
CPA(顧客獲得単価) = 平均CPC ÷ CVR
広告予算 = CPA × 月間目標獲得数
例)平均CPC=400円 / CVR=1% / 月間目標=10件
CPA = 400円 ÷ 0.01 = 40,000円
広告予算 = 40,000円 × 10件 = 400,000円/月
BtoBは「受注CPA」まで計算する
BtoBビジネスでは「問い合わせ1件=売上」ではないです。問い合わせから商談になる率(商談化率)と、商談から受注になる率(成約率)を加味して、真のコストを計算する必要があります。
受注CPA = 問い合わせCPA ÷ 商談化率 ÷ 成約率
例)問い合わせCPA=40,000円 / 商談化率=50% / 成約率=30%
受注CPA = 40,000円 ÷ 0.5 ÷ 0.3 ≈ 266,667円
この受注CPAをLTV(顧客生涯価値)と比較して採算が合うか確認するのが本当のゴール。問い合わせCPAだけ見て「安い」と安心していると、実は受注するたびに赤字、という状況になります。
予算にはバッファを忘れずに
ここまでの計算は「期待値」ベースです。実際の広告運用ではCPCもCVRも毎月変動します。だから予算計画には必ずバッファを組み込むのが吉。
| CPC | キーワードプランナーの推定値 × 1.2〜1.5倍 |
| CVR | 想定値 × 0.7(悲観バッファ) |
| 予算上限 | 算出値 × 1.2〜1.3倍を確保しておく |
より高精度を求めるなら、CPCとCVRに確率分布を設定して何千回もシミュレーションを回す「モンテカルロ分析」も有効です。最近はAIで簡単にできてありがたいです。まあ最初はシンプルなバッファ法で十分だと思います。
モンテカルロ分析は「精度が上がる」というより「不確実性を可視化する」分析。分析したからリスクがゼロになるわけではないです。数字を過信することの方が一番怖いですが、数字がないと何もわからないジレンマ。
予算を決める前に確認したいチェックリスト
最後に、実際に予算を確定させる前に見直してほしい項目をまとめました。
【基本確認】
- キーワードを5〜10個に絞り込んでいるか
- 各キーワードのCPCをキーワードプランナーで確認したか
- 単純平均ではなく加重平均CPCで計算しているか
- CVRを3シナリオ(悲観・中間・楽観)で設定したか
- 悲観シナリオのCPAでも事業採算が成立するか確認したか
【BtoBの場合は追加確認】
- 商談化率・成約率を加味した受注CPAを計算しているか
- 受注CPAをLTVと比較して採算確認したか
【予算確定前の最終確認】
- CPCにバッファ(×1.2〜1.5)を加えて再計算したか
- CVRに悲観バッファ(×0.7)を加えて再計算したか
- 予算の上限額を組織内で合意取得しているか
おわりに:根拠のある予算は、失敗したときの「地図」になる
事業責任者だった頃の自分は、広告費を「投資」ではなく「コスト」として漠然と捉えていました。だから予算の根拠もなく、結果が悪くなったときに何を変えればいいか分からなかった。
マーケターになって気づいたのは、根拠のある予算は単なる計画書じゃないということです。数字がずれたとき、どこがずれたのかを特定する「地図」になります。
CPCが想定より高かったのか、CVRが低かったのか、そもそも目標獲得数の設定が甘かったのか——原因が切り分けられます。
「エイヤ予算」はその地図がない状態で走ること。たまたまうまくいくこともあるけれど、うまくいかなかったとき、どこに向かえばいいか分からなくなる。
この記事が、同じ轍を踏まないための一助になれば嬉しいです。
